マリモの歌

    
                       
                         (写真はネットより拝借)

   観光バスで道東を旅行し阿寒湖畔に近づくと、バスガイドさんが必ず次のような
  アイヌの伝説をマイクに向かって話してくれます。

  「むかし昔、阿寒湖にモノッペというコタンがありました。 村長にはセトナという
  愛らしいメノコがいて、16の春を迎えたある日、婿定めをすることになりました。
  選ばれたのは副村長の次男メカニ。 コタン一のやくざもので、セトナはこれを嫌い、
  家の下僕であるマニペを心密かに慕っていました。マニペぱ勇敢で気だてのよい若者
  でした。
   セトナの気持ちを知ったメカニは、マニペを亡き者にしようとくわだてましたが、
  カおよばず、かえってマニベに殺されてしまいました。 罪を悔いたマニペは湖上に
  丸木舟を浮かべ、この世の名残に葦笛を吹き鳴らし、哀れにも湖に身を投げたので
  した。
   マニペの死を知ったセトナは悲しみにくれ、ある日、舟を湖に漕ぎ出すと、その
  まま帰らなかったそうです。 それからは、湖の奥に生じ球藻の中に、二つ一緒に
  なったものが、ただ一個あるとのこと。 そして阿寒おろしの吹く夜は、セトナの
  むせび泣く声に混じって、マニペの悲しげな葦笛が聞こえてきたそうです」

   そう物語り終えると、バスガイドさんが静かに歌いだすのが 『マリモの歌』。

             作詞:岩瀬ひろし 作曲:八州秀章

                水面にわたる 風さみし

                ・・・・・・・・・・・
                ・・・・・・・・・・・

              マリモよ マリモ 緑のマリモ

              (歌詞は著作権に抵触するため
               削除しました。YouTube 等で
               ご覧ください)

               

   この度の道東ゆきでも阿寒湖に立ち寄った。北海道に住んでいて、阿寒湖を訪れる
  のが初めてというのも恥ずかしい話ですが、湖の観光船の発着場に近づくと、どこか
  らか、この 『マリモの歌』 が流れてきました。なつかしく切なく、遠く悔恨の情が
  湧いてきました。
   酒でも飲まなければ言葉も出ない恥ずべき思い出です。二十歳を一つ二つ過ぎた頃、
  美学生だった当時、絵のモデルさんがほしかった。知り合いに話したら、ある女性を
  紹介してくれた。 まだ二十歳前の観光バスガイドのタマゴだといっていた。 彼女を
  モデルにして2.3枚描かせてもらった。 たいしたモデル料が払えないと言ったら、
  お金は要らないから、代わりに観光バスの乗客になってほしいと言われた。数日後に
  道東に行かなければならない。いま猛勉強中だけど、人を前にして話さないと雰囲気
  がつかめないのだという。
   そして、にわか乗客になった私の前で、語り・歌ったのが上記の『マリモの歌』で
  した。透き通るような声質だったことを今も思い出します。
   その後親しくなった彼女は、私の部屋に泊まることも多くなったが、私は理不尽に
  も棄ててしまった。 人として恥ずべき行いであった。 今でも夢でうなされて目覚め
  ることがある。
   阿寒湖畔の入り口で足湯に浸かりながら、遠く聞こえる 『マリモの歌』 を、何度
  もくり返し聞いていた。 哀しい唄でした。

    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

    「おじさん、その観光バスガイドさんて、『ライラック祭り』 という詩に出て
   くる女性でしょう?
    おじさんの若いころって興味あるなぁ。タイムスリップして覗いてみたい気分」
                                ――仙台姫

    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

     まだ初老のオジサンをつかまえて、「若いころに興味 ・・」 とは失礼な!
    歳を重ねると、いい味が出てくるもんなんですよ。 顔に一つ二つシワがある
    くらいが、深みが出ていいもんです。

    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

    「人の過去をネホリハホリ掘り起こすのって、いい趣味じゃないけど、自分には
   味わえない他人の過去を追体験できるのって、文学書を読むのと同じで、人間一人
   の人生だけじゃ味わえない豊かな人生を享受できるんだよね。それに、あまりハッ
   ピーじゃない、うしろめたい余韻のある過去って、『人の不幸は蜜の味』って言う
   じゃない、安心して追体験できるのね。
    この 『欄』 のはじめのころに、『「K」のむかし話』って題のはなしが載って
   いて、すこし甘くてくすぐったい感じもするんだけど、好きなのね。
    病院で出会った看護婦さんが、むかしの女性に瓜二つだってはなし、コピーして
   あるんだけど・・・載せてもいいよね?」  ――仙台姫

                                
               「K」のむかし話     2004 年 12 月 6 日
 
   二年ほど前、久しぶりに札幌に帰った。 二三日の帰郷予定が一週間ほどに延びた。
  理由は、帰った翌日からメマイがひどく、近くの大学病院で検査を受けていたためだ。
  結果は大したこともなかったが、そこの病院で見かけた若い看護婦さんに面くらった。
  あのころ同棲していた女性にうりふたつだった。
   胸の名札の苗字はもちろん違うが、思い切って聞いてみた。

   「失礼ですが、あなたのお母さんの旧姓は、何というのですか」
   娘はキョトンとして忙しく動かしていた手を止めた。理由を言うと明るく答えて
   くれた、あの頃の君の名を。
    帰りぎわ娘に、「母の若い頃をご存知なんですか」と聞かれた。
   「ええ、まぁ少し・・・」
    と言葉を濁した。
    あのあと娘は母親に話したかも知れない。 こういう名前の患者さんに、きょう
   病院でお母さんの旧姓を尋ねられたと。そのとき君はどんな顔をしただろうか。
   俺と同じように、遠く、なつかしく、少し悲しい顔をしただろうか。

     ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

   何十年も心の底に押し込めているものが、人には誰にだって二、三あるものです。
  フタを取って吐き出してしまえば身軽にもなろうけど、どこに吐き出すかによって、
  装飾というか偽りの衣の色合いが違ってくる。 こうした、不特定多数の人の前では、
  素直に、自分を弁護することなく言えることも、一対一では自分をかばってしまう
  こともある。
   この欄も、誰が見ているか分らないという恐怖はありますが、でも会ったことも
  ない他人だと意識すれば、フタをとって、そのまま吐き出せるのでしょう。姫とは
  面識がないからこそ、お互い素直な物言いが出来るのかも知れません。

Filed under: お便り,北海道  タグ: — tomi 22:07
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