茶の湯

DSCF0059-001
                 DSCF0070

      今朝6時の山荘の気温 10.8℃、くもり。

 昼夜が逆転、不健康な生活を日々送っています。
 朝刊の届くのが待ち遠しく、早朝二度三度、ポーチの新聞受けを往復
する日々。いい歳をして、まるで愛しい人からの恋文でも待ちわびてる
ようなふう。
 その恋文(朝刊)に目を通していて、遠い記憶がよみがえってきた。

        DSCF7675-001

 それはタイトルの『千利休・・・』ではなく、下段に小さく載った
「キリスト教の所作に酷似」という短い記事(写真・下)でした。

        DSCF7676

   若いころ愛読していた、旭川の作家・三浦綾子さんの小説に
  『千利休とその妻たち』があります。もう40年ほど前の作品
  ですが、この記事に酷似した内容の文章がありました。本棚を
  探したが見当たらないので、ネットで調べてみますと ───
 
 「・・・何と茶の湯は、キリシタンに似ておるではないかという
ストレートな信長の言葉をはじめ、利休が、司教の掌る儀式を見て、
『ふくささばき(四方さばき)、拭き方』を、『イエズスさまの
十字架で流された血潮を記念してのブドー酒を入れた一つの杯から、
多くの者がひと口ずる順に回し飲みしていた』ということを聞き、
茶の湯(濃茶)に取り入れようとしたという記述。『狭き門より
入れ』という講話から『躙(にじ)り口』を考案したとか・・・」
               *
 「茶の湯の作法はキリスト教の聖体拝領の影響を受けたのは本当
だと思うようになる。 千宗易(千利休)が堺にいた時代。 堺には
キリシタンの教会があり、高山右近も教会に行ったことがある時代」
               *
 「・・・、長年お茶会に参加している古参の女性信徒に聞いたら、
聖体拝領と茶道の作法はそっくりだと話してくれた。これに関しては
過去にNHKや朝日新聞も伝えているのでよく知られた情報のようです。
手つきは、茶道そのものの流儀に見える」
                   ───以上、ネットより

     ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

     「茶道の道具にナツメやシャクがありますが、
     どうも日本的ではない形に見えます」
                   ─── 村人・A

Filed under: お便り,新聞、ニュース,本、小説、詩,歴史  タグ: — tomi 12:03
  • 2018年9月
    « 6月    
     1
    2345678
    9101112131415
    16171819202122
    23242526272829
    30  
  • 最近の記事

  • 過去の記事

  • カテゴリー